■Vol.11漣健児(日本語ポップス界の立て役者)        1999年1月18日(月)
 名前を知らなくても、彼が生み出したヒット曲の数々はみんな知っている。みんな歌える。こんなヒット曲を生み出した 訳詞家漣健児とはミュージックライフの編集長からシンコー・ミュージック専務となった草野昌一である。アマチュア時代は新田宣夫のペンネームで訳詞に取り組み、1960年ペンネームを漣健児に変える。
 60’が、今よみがえる漣健児が語る訳詞家の心/訳詞におけるヒット曲と出会う秘訣、漣健児が語るポップス・スター達/作詞家・訳詞家志望必見企画坂本九の「ステキなタイミング」で訳詞家デビュー。代表作はルイジアナ・ママ、ヴァケーション、可愛いベイビー、赤鼻のトナカイ、砂に消えた涙、ミッキーマウス・マーチなどがある。
 アマチュア時代のペンネーム新田宣夫(にったのぶお)で訳詞に取組み、ペンネームを漣(サザナミ)健児に変え1960年に訳詞家としてデビュー。
 坂本九が歌った『ステキなタイミング』が処女作。当時の本業はミュージック・ライフ編集長であった。
 数多くのポップス・スターに訳詞を提供したが、本場のニール・セダカ、パット・ブーン、ナット・キング・コールなどにも日本語詞を提供している。特にコニー・フランシスの日本語バージョンは殆ど手がけており、ヒット曲も多い。
8ビートと日本語詞の融合を最初に成功させたと言われており、カバー・ポップス時代をリードした訳詞家である。
 代表作はルイジアナ・ママ、ヴァケーション、可愛いベイビー、赤鼻のトナカイ、砂に消えた涙、ミッキーマウス・マーチなどがある。その後、雑誌の編集長から株式会社シンコー・ミュージックの専務となる。本名は草野昌一。
「漣(サザナミ)健児が70年代以降のポップス/ロックに 与えたはかりしれないその影響」日本語とカタカナ英語の混ざり加減もモロ「七五調の解体=ポップス詞の誕生」「歌謡詞の革命児=漣健児」

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