■Vol.13原信夫(『シャープス&フラッツ』リーダー)   1999年5月14日(金)
海軍軍楽隊に入隊し、音楽の基礎とサキソフォンを習得。
戦後、弱冠25歳でジャズオーケストラ「原信夫とシャープ&フラッツ」を結成。以来、今日まで第一線で活躍し続け、海外アーティストを含めてこの
人の演奏をバックにステージを務めた歌い手はは数知れない。『真っ赤な太陽』などの作曲者としても知られる。
☆日本のビック・バンドジャズ界をリードしてきた男が語ります
☆愛されるリーダーの秘訣とは
☆軍隊からミュージシャンへ原信夫が語る半生
原信夫プロフィール
大正15年11月、富山市生まれ。
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名門ビッグバンド「原信夫とシャープ&フラッツ」の リーダー。
1951年弱冠25歳にして初めてオーナー・リーダーのジャズ・オーケスト ラ「原信夫とシャープ&フラッツ」を結成、以後常に斬新な試みに挑戦し 、多彩な 演奏活動を繰り広げ日本のビッグバンド
ジャズ界をリードし第一線で活 躍してい る。 また、経営の難しい、そしてまとめることの難しいオーケストラを40余年間に わた って常にトップクラスの楽団として維持、我が国の音楽文化の発展に寄与してい る。 原信夫は音づくりの名人とも言われ、彼の人間性、そのままでヒューマンなメロディと重厚なハーモニーは歯切れの良いリズムと相まって、ジャズファンの心 を魅了 している。
南里文雄賞等、数々の受賞歴に輝いているが、1988年紫綬褒賞を受け、永年日本の音楽文化に対する貢献が高く評価された。
原信夫とシャープ&フラッツ名実ともに日本が世界に誇るビッグバンド「原信夫とシャープ&フラッツ」 は今 年結成43周年を迎えた。43年の歴史はそのまま戦後の日本のポピュラー音楽 の歴史 である。 同バンドはアメリカのスイング・ジャズからモダンジャズへの移行を俊敏な 感覚 でキャッチしダンスバンドではないコンサートバンドへと移っていった。ア メリカ の4大ビッグバンド、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、ウデ ィ・ハー マン、スタン・ケントン楽団を目標に活動を行い、全国の幅広い音楽フ ァンに受け 入れられている。1967年のアメリカ・ニューボート・ジャズ・フェスティバル出演を筆頭に世 界各 国のジャズフェスティバル、海外公
演を精力的に行っている。 世界のシャープ&フラッツとしてクインシー・ジョーンズ、故サミー・デイ ヴィス Jr.、イブ・モンタン、ペリー・コモ、等世界のトップアーティストから 名指しさ れ、数多く共演している。
 ここ数年音楽活動の一貫として、中・高等学校芸術鑑賞会にも出演している 。 リーダー

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