■Vol.16なかにし礼 (脚本家)                1999年11月15日(木)
若い時から心臓の持病を抱え、現在でも薬を欠かさない。近年は 作家としても活躍。 今まで語ることのできなかった兄との関係を書いた『兄弟』を出版

◇兄を通し時代の虚しさを描く◇
 この初めての長編小説で、いきなり直木賞候補に。受賞は逸したが、気落ちもせずさばさばしている。
「もちろん書き続けますよ。これからは作家として本気でやっていきます」 〈兄が死んだ。私は思わず小さな声で「万歳!」と叫んだ〉衝撃的な書き出しで始まる自伝小説。十四歳年上の兄は、父を失った中西家の家長でありながら、一度も定職につかなかった。売れっ子作詞家になった弟に、事業の失敗をすべてかぶせ、七〇年代当時で七億円以上の借金を肩代わりさせた。「博打は負けるからこそ面白い」とうそぶく兄に「この人は病気かもしれない」と恐怖する弟。しかし、弟は、兄との絆(きずな)をなかなか断ちきれない。
 「兄に、旧満州で亡くなった父の幻想を重ねていたんです。特攻隊の生き残りだった兄は、僕の英雄でもありました」その「幻想」が完全にうち砕かれたのは、兄の死後、代わりに戦友会に出席した時だ。兄が折にふれ語って聞かせた“死線体験”は、ことごとく嘘(うそ)だった。それを知ったとき、初めて「兄のことを書こう」と決意した。
 「兄の病は、戦争に負けた日本の病、昭和という時代の虚(むな)しさのようなものだったかもしれない。僕にとって、昭和のイメージは猪突(ちょとつ)猛進、無責任、崩壊に向かって突き進む竹槍(たけやり)精神といったものです。兄は自らの無力を言葉で飾り、現実から目をそらし続けた。しかしそれは、兄だけの問題ではなかったのではないか」 「知りたくないの」「時には娼婦のように」「石狩挽歌」――書いた歌は四千曲以上。レコード大賞を三回取った。しかし、平成に入って作詞をふっつりやめた。「ヒットを義務づけられるのはもううんざり。愛や憎しみや死を、自由に表現したい」
 近く、母の目を通じた故郷・旧満州のことを書くつもりだ。(文芸春秋、1619円)

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